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    newマキシシングル『all time just』
    「オートテクニックジャパン(ATJ)」公式イメージソング「all time just」、
    J:COM「秘密結社ネットジョッカー」オープニングソング「永遠と未来へ」収録
    2013年7月17日リリース
    Jacket_pfl PBA-1001
    ¥1,200(税込)
    POWER BRAIN ARTISTS
    ○今作は「オートテクニックジャパン」の公式イメージソング「all time just」を軸に
    ポジティブな想いの込められた、「前進」をテーマとした5曲入りマキシシングルCD。ついにリリース!


    ■着うた・配信
    レコチョク/music.jp/dwango.jp/iTunes/mora等で一斉配信中

    ■カラオケ配信中(DAM/UGA)

    ■PV(Music Video)動画
    ever after」(配信曲)
    all time just」(マキシシングルより)
    永遠と未来へ」(マキシシングルより)
    あゆむコト」(マキシシングルより)
    雪になっても 桜になっても」(4thアルバムより)
    world goes round」(1stシングルより)
    p(e)acemaker」(2ndアルバムより)
    open the life」(2ndアルバムより)

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2004年12月の記事

ふと、今年の出来事

今年、個人(プライベート)として振り返ってみて、大きな出来事といったら、
父のことと、「初めて入院したこと」かな。
2月、帰りの遅かった電車の中で、突然右肩から腰にかけて激痛が走り、立っていられなくなって。
同時に息も苦しくなっちゃったんだよね。一旦電車から降りようと思ったんだけど、
最終くらいだったんで、超我慢。とにかく家に着くまでが長かった。。
周りから見たら様子変だったと思うけど、金曜で、終電くらいの時間帯って酔っ払って具合悪そうなひと多いから、きっとそんな感じに見えてたんだろうな(笑)
めちゃめちゃ辛いのにお腹空いてて、コンビニでえびグラタンなんか買って帰った(^^;)
とりあえず食べて寝た。激痛は治まらず。ひとつだけ痛くない体勢があったので、そのまま朝。
朝になれば治ってると思ったんだけどね、変わらず。ちょっとやばいかな、と思って近くの病院に駆け込むと、気胸の疑いがあるから大きな病院へと紹介状を用意してくれた。
タクシーで移動。診察してもらうと、肺に穴が空いて空気が漏れ、30%に縮んだ状態。痛いのは、漏れた空気が圧迫しているからだという。「完全に気胸です。このまま処置を行なって一週間程の入院になります。」って。
いやいや、何も準備とかないし、ってのも通用せず、歩くことは平気だったのに、車椅子を用意された。しかも自分で動かすことは厳禁ってことで、看護助手さん付き。早速処置に入る。病室でカーテンを引かれ、その場で始まった。
局部麻酔後、肺の外に漏れた空気を抜くために、胸からチューブを刺し込み始める。筋肉は硬いらしく、ものすごい力を込めて刺し込んでいた(怖)
4日間程刺さった状態で過ごす。チューブとはお友達に。ただ、やっぱり痛いんだよね、刺さってるところが。。。
父の胃と胆のう全摘出の大手術に比べたら気胸なんて、こんなのなんてことないだろ、と言い聞かせたよ。
父は入院中だったから、お見舞いに来れないことをとても悔やんでいたけど、僕は父に心配を掛けたことを悔やんだ。

もう気胸は、すっかり良くなりました。
ほんと、なにが起こるかわからないよね。

父は生きてる

家族。
父と母は深いこころのつながりを持っていて、親と子は血のつながりも持っています。

僕は上京して家族と離れた生活を送っていて、日ごろ「父がいるから」と安心して生活していました。
元気で若々しい父で、冗談好きで生真面目な性格。
そんな父は、幼い頃に残されるもの一切無く両親と兄弟を失い、
独りきりで「家族」というものに憧れながら施設で育った。そして大人になって初めて「家族」を築く。
家族のためにがむしゃらに働いて家も建てて、無一文から始まった人生を明るくのりきってきた。
僕は父を尊敬しながら生きてきた。でも、そんな父にかなうわけがないと思ってます。
その父が「あと数年で自分の好きなことができるようになる。もう少しで楽になる。」と
プランを立てた今後を語り、嬉しそうな表情を見せていた。

その矢先の胃がん判明。胃、胆のう全摘出。

その後 全快を目標に戦う。しかし痛みに耐える日々が続きます。
でも、父は諦めることはしなかった。
昔から、幼いころ失った家族全員の年齢を足した分は生きるという目標があったから。
僕も家族も、容体について医師から余命などの話は一切されなかったから、
だから回復を期待していました。

普段忙しくしていた父とこんなに向き合って話したことは無かった。
病室でたくさん語り合ったんです。
父に思うことや、尊敬の想いを照れながら全部話した。

5月に入って少しだけ自宅に戻った父に、家の前にあった満開の桜の木を見て母が言いました。
「来年もこの桜を見ようね」
それから数日後のがん発見からまる一年後に、父は亡くなりました。
亡くなる直前、容体によって言葉を発することはできない状態だったけど、僕らの言葉は確かに通じていた。
僕の呼びかけに、父は涙を流しました。たくさんの想いを涙で語っていたんだと思う。
嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと、やりたかったこと、伝えたいこと、その生きてきたすべて、

そしてなにより、
「まだ生きたかったんだ」という悔しさ。


母の胸の中で大きく息を吸い込んで、そのまま逝った。2004年5月6日、56歳。

命はこんなふうに終わってしまう。

すがっても救ってくれるものなんて無い。
亡くなった後のことよりも、生きることのほうが僕は大切なんだ。
僕にとって信じるものは
愛情、友情、自分の残したものを受け継ぐ者。それだけです。


僕は父に何をしてあげられただろうか。

胃袋がなくなるって何?
その胃袋をパンクさせるくらい、美味いものを食べさせてあげることさえできなかった。



亡くなった直後から父の夢をよく見るようになって、
泣きながら目を覚ますことが多くなっていました。

ある日、夢の中で父と話した。
「いままで何でもこなしてきたように見せてたけど、本当は辛かったよねぇ?」
父は「そうなんだよ。」と苦笑、そしてなぜかとても嬉しそうに笑っていた。
喜んでくれているようなその笑顔に、僕は嬉しくて悲しくて悔しくて、また泣きながら目を覚ました。

その夢をきっかけに、多く夢を見なくなったんだけどね、


しばらくして見た夢で

僕はバスが来るのを待っていて、なぜか亡くなった父が見送りに来ていました。
状況が判断できず、でも逢えたことが嬉しくて
別れ際「治って本当によかったね!!」と抱き合って泣いた。

また号泣しながら目を覚まして、
ふと思ったんです。

別の次元にこんな現実があるのかもしれない。
みんなが元気に暮らしてる世界があるのかも。


父は生きてる。

それを教えてくれた気がした。


一人ひとりの命という時間にはドラマがある。
それを感じようとできれば、他人の命の尊さにも気付く。

‘meaning’という曲

~わたしのできること わたしの生きる意味~


自分の存在している意味。存在していく意味。


i-nosにたどり着く前のユニットで、あるプロダクションに所属していた。
いくつかの曲のなかで、一つのバラード系の曲がプロダクションに所属するきっかけとなった。
その曲は旧友の女の子から、お母さんと涙を流しながら聴いた。と、うれしい言葉を頂いた。
僕らを担当していたSさんはたくさんのことを教えてくれた。
音楽に対する考え方。
音楽をやっていると、サウンドよりになることが多く、
歌もひとつの音色の一部として考えてしまうことが多くなる。
だから、自分たちのバンドで演奏しているのに、歌詞を知らないミュージシャンもいる。
メッセージ性とはなにか。音楽を聴くひとたちに届けるもの。
楽曲を感じるとき、そして伝えるとき、「歌詞とメロディー」を口ずさむ。
Sさんから学んだたくさんの「考え方」は、僕の音楽のつくりかたを大きく変えた。

過去にSさんは、ある大手プロダクションに所属していて有名なアーティストを育てた。
そして独立を考え、大手から抜け出したSさんは小さなプロダクションを設立。
しかし、大手から独立するような人間は白い目で見られ、哀れむ扱いを受けるという。


~自分を試したいんだ できるんだってこと~


過去、僕はあるバンドでキーボーディストとして活動していた。
かたわら依頼の仕事を受けていた。やりがいのある大きな仕事も少なくはなかった。そんな中、
自分自身がイニシアチブをとり、もっといい曲をたくさんつくりたいという想いが高まっていた。
そのバンドを抜けるとき、ここから出てなにができるんだと非難を受けた。哀れむ扱いを受けた。


~そう 信じる者も勇気を重ねてすごしてきたんだね~


誰かのこころに届くものをつくりたい。残したい。そしてそのちからを試したい。
そして、実現できたときに、たいせつなひとや、信じるひとと笑いあえたら。
ちいさな、ささいなことでも、そのひとの笑顔がみたくて
みんな、なにかをがんばってるんじゃないかな。


~ただ それだけ~

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